渡島半島で確認された最大の縄文遺跡
大船C遺跡


(最近の大船遺跡の様子はこちらから



 大船(おおふね)C遺跡は左手に噴火湾、右手に太平洋を望む東向きの海岸段丘の上に広がる、縄文中期の古代人の痕跡です。 出土した石器、土器それらを含む地層の同定から、約5000年以前から1000年の間、住居として使用されていたと推定しています。 平成8年度に3500平方メートルが調査されましたが、東西方向にさらに遺跡が広がっていることが確認されており、非常に広い面積をもつ遺跡群が眠っていると思われます。

遺跡のすぐ南側には大船川が流れていますが、背後に迫る山から流れ下る小さな川は、水量も豊富で渇水に悩むこともなく、現在でも台地の上と川の流れには20メートルほどの高低差があり洪水に見舞われる恐れもなかったでしょう。

ここの遺跡の特徴は竪穴住居の一戸ごとの規模が他地区に比べ比較的面積が広く、かつ地中に深く掘り込まれている例が見られることでしょう。現在発掘されている最大の竪穴住居は、深さが2.4メートル、長さが10メートル前後にも達します。 かなり締まった土質の火山灰土(赤土)を、金属を持たない縄文人は何を道具としてこのような穴を掘って住居としたのでしょうか。 またこの深い住居址を見ながらどうして深く掘らなければならなかったのかと考え込んでしまいます。

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深さ2.4メートルの竪穴住居祉

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 深い住居址の床には8本ほどの柱を立てたと思われる直径30センチほどの大きな穴が壁沿いに穿たれています。 また床の縦長の一方の隅近く石組みの小さな炉と思われるものが設置されています。
 住居址は幾重にも重なり、1000年の間に何回となく掘り返され建て替えられた様子が想像できますが、火災で焼けた住居址も確認されています。この遺跡全体で何カ所の住居址が発掘されるのか、これからの調査が待たれます。その結果によって何人くらいの縄文人が同時に生活していたのか推定できるかもしれません。

 現在までの遺跡発掘の過程で出土した遺物は、18万点に達するとのことで、日常的に使用された石器、土器などに混じり、ミニチュアの土器、垂飾等も発見され、鯨、マグロ、鹿など食料としていた動物たちの骨も見つかっています

 またおびただしい数の、穀物など食物をすりつぶすのに使われたと推定されている石皿が出土しています。直径が20~30センチほどの比較的両面が平らな石で、材料となった石質はさまざまですが数千という数の出土を見ています。これらがすべて穀物などの加工に使われていたとすると、縄文人は普段から植物性の食物を多量に消費していたと考えられ、定住、栽培をしていた縄文人のイメージをますます膨らますことになりそうです。 町では遺跡の一角に出土品の展示室(現大船遺跡埋蔵文化財展示館)を作り、町内の遺跡群の概観が理解できるようPRしています。

この遺跡の背後の山には、現在でも野生の栗の木が生えていますが、栗が食料として用いられていたことはほぼ確実です。一方で栗はもともと北海道に自生していなかったとも言われ、その場合には本州から人為的に移入した可能性もあり、三内丸山遺跡の栗林の栗の木との関連も考えられます。


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