渡島半島で確認された最大の縄文遺跡
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深い住居址の床には8本ほどの柱を立てたと思われる直径30センチほどの大きな穴が壁沿いに穿たれています。 また床の縦長の一方の隅近く石組みの小さな炉と思われるものが設置されています。 住居址は幾重にも重なり、1000年の間に何回となく掘り返され建て替えられた様子が想像できますが、火災で焼けた住居址も確認されています。この遺跡全体で何カ所の住居址が発掘されるのか、これからの調査が待たれます。その結果によって何人くらいの縄文人が同時に生活していたのか推定できるかもしれません。 現在までの遺跡発掘の過程で出土した遺物は、18万点に達するとのことで、日常的に使用された石器、土器などに混じり、ミニチュアの土器、垂飾等も発見され、鯨、マグロ、鹿など食料としていた動物たちの骨も見つかっています またおびただしい数の、穀物など食物をすりつぶすのに使われたと推定されている石皿が出土しています。直径が20~30センチほどの比較的両面が平らな石で、材料となった石質はさまざまですが数千という数の出土を見ています。これらがすべて穀物などの加工に使われていたとすると、縄文人は普段から植物性の食物を多量に消費していたと考えられ、定住、栽培をしていた縄文人のイメージをますます膨らますことになりそうです。 町では遺跡の一角に出土品の展示室(現大船遺跡埋蔵文化財展示館)を作り、町内の遺跡群の概観が理解できるようPRしています。 この遺跡の背後の山には、現在でも野生の栗の木が生えていますが、栗が食料として用いられていたことはほぼ確実です。一方で栗はもともと北海道に自生していなかったとも言われ、その場合には本州から人為的に移入した可能性もあり、三内丸山遺跡の栗林の栗の木との関連も考えられます。 |